第8章 第4日目・女子FS開催中
練習を終えて(ついでにサイン&スタッフと記念撮影もして)リンクを出た勇利達は、駅前のカフェで昼食を取った。
純が、さり気なく他の利用客の死角になる席を選んでくれたので、殆ど周囲には気付かれずに食事を楽しむ事が出来た。
勇利の元リンクメイトで親友のピチット・チュラノンなら、大喜びでSNSに上げただろうが、純は藤枝への定期連絡を済ませただけで、以降はスマホに触ろうとすらしなかった。
「だって、勇利が一緒におるのに失礼やんか。まあ、僕もインスタ持っとるから、上げて欲しいなら…」
「やめて下さい」
「せやろ?…考えてみれば、僕らお互いの事知ってるようで、何も知らんかったよなあ」
「そうだね。だから、純と一緒に年越しするの、実は楽しみなんだ。さっき、長谷津の家に純の事連絡したら、すごく喜んでた。是非泊まって貰えって」
「え?けど、勇利の所は宿泊施設あれへんのやろ?」
「そんな水臭い事言いっこなし。ヴィクトルだって、長谷津滞在中はずっと僕の家で寝食共にしてたんだから」
ヴィクトルの名前を聞いて、純は僅かに片眉を動かした。
「そういや、あっちもロシアナショナル真っ最中やな。僕もネットでチラっとだけ観たけど、流石やと思うたわ」
「うん、ヴィクトルは本当に凄いよ」
まるで自分の事のように嬉しそう微笑んだ勇利の右手薬指に光る指輪を見て、純は勇利とは別の意味で目を細める。
「ロシアナショナルからユーロ選手権まで日も短いし、流石に年末年始は離れ離れだけど、出来れば純にもヴィクトルと会って欲しかったな」
「遠慮しとくわ。僕みたいな人間にとって、彼のような存在はTV越しで観とく位が丁度ええねん」
純は本心を苦笑いで隠しながら、勇利の言葉に手を振って即答した。
暫く他愛もない話を続けていたが、ふと何やら物音に気付いた純が席を立つと、背後のテーブルでスマホを構えていた若い女性2人組に「これ!無断はアカン!」と叱咤した。
しかし、珍しく勇利が承諾の返事をした為、彼女達の手によってUPされた勇利と純の画像が瞬く間に世界中に拡散した事など、この時の勇利は勿論純ですら知る由もなかった。