第8章 第4日目・女子FS開催中
その後、何度も振り付けや所作の確認をし、本格的にプログラムを固めると、勇利は通しで滑ってみた。
リンクの勇利に合わせて、純も無意識に彼と同じ仕草をしながらプログラムを追っていく。
過去にも今シーズンにもなかった、勇利の新たな魅力。
そして、何よりそれに自分が噛んでいる。
そう、あのヴィクトル・ニキフォロフさえ知らない勝生勇利を。
氷上で美しく舞う勇利を観ながら、純は抑え切れない興奮に僅かに身体を震わせながら、口元を綻ばせていた。
「ホンマにお疲れさん。短時間でここまで出来れば充分や!流石は勇利やな」
「純のお蔭だよ。教え方も上手だし、きっとコーチにも向いてると思う」
「だから、辞めないでよ」とボソリと続けられ、純は複雑な表情をしたが、
「小道具の他にもう1つ渡すモンあんねん。この衣装、勇利にあげるわ」
そう言うと、先程の箱の中から和風の衣装を取り出した。
デザインは純がSPで着用していた物とほぼ一緒だが、色が異なり濃い青がリンクに良く映えていた。
「これは…?」
「元々は今シーズン用に作ったんやけど、思った以上に青が強過ぎてお蔵入りになったんや。僕、青は似合わへんし。勇利ならピッタリやと思うて、実家から傘と一緒に送って貰うたんや」
「あ、有難う。でも、コレ高いんじゃ…」
「どうせ僕は着いひんし、箪笥の肥やしになるよりも、似合う人に袖通して貰うた方が衣装も喜ぶわ。お母ちゃんらも是非勇利に着て貰いなさい言うてたし」
そうは言うものの、パッと見だけでもこの衣装が相当高価である事が判る。
「だけど、貰いっ放しは悪いよ」
「そんなん、スケートで返してくれればええて」
「それ以外で、僕に何か出来る事はない?」
なおも食い下がる勇利に、純は暫し考えていたが、やがて何か思いついたように再度口を開いた。
「なあ、勇利は年末はまだ日本にいてるんやろ?」
「うん、実家での年越しは5年ぶりだから」
「ほんなら僕も、長谷津で勇利と一緒に年越ししてもええかな?」
「え?」
「実家の挨拶は1月2日からやし、僕が長谷津に滞在中、勇利の家の温泉と御食事処の利用料タダって事で、どうやろ?」
「それならお安い御用だよ!」
破顔して快諾する勇利を見て、純もまた嬉しそうに笑った。