第7章 第3日目・男子FS(後編)
昔から小言を言われ続けてきた母親でなく、普段家の事が忙しくて自分の競技など殆どに目にして来なかった父親からの言葉は、純の心に強く響いた。
「まだ時間はあるから、そんな焦って結論出さんでもええやろ。よう考え。そういえばさっき藤枝センセから聞いたけど、大会最後のエキシビションとやらに、お前も選ばれたそうやないか」
「ああ、特別枠みたいやな」
「それだけお前のスケートが良かったいう事や。胸を張り、純。お前は、自分が言うてるようなみそっかすなんかやない。姉ちゃん兄ちゃんらとおんなじ、ワシらの自慢の息子や」
今では少しだけ見下ろすようになってしまった父親から頭を撫でられて、純は神妙な面持ちで頷いた。
2人の背を見送った後で、純はもう一度自分の胸に問いかける。
(僕は、本当はまだ…)
「純くんのスケート、また観れるとですか!?」
「まだ僕達、上林さんとご一緒出来るんですね!」
南達に飛びつかれて思考を止めた純は、「まあ、僕は台落ちのオマケやし」と返事をする。
「純くんは、オマケなんかやなかです!その証拠にホラ!」
南が差し出してきたスマホには、インスタやツイッターをはじめとした純に関する様々な意見が飛び交っていた。
その大半が、同期である勇利との再会や復帰を祝う声をはじめ、今回の演技への感動を伝えるもの、突然の引退発言への嘆きや悲しみ、今後もスケートは続けて欲しいと切望する声であった。
「純だって、素敵なスケーターなんだよ」
南にスマホを返しながら、純は声をかけられた勇利の方を向く。
「純が今回自分で作り上げたSPもFSも、僕は充分世界でも通用すると思った。これからも、そんな純の力を必要とするスケーターは沢山いると思う」
「そんな、僕はただ自分の事に必死やっただけで」
「だって、現に今君の目の前にいるもの」
「…勇利?」
言いながら歩を進めてきた勇利に、純は僅かに身構える。
「EXは、何をやろうと思ってるの?」
「ん?今までダメ出しされてた奴やけど」
「そう…じゃあ、話は早いや。純、お願いがあるんだけど」
真剣な表情で続けられた勇利の言葉に、純は眉を物騒な角度まで釣り上げた。