第7章 第3日目・男子FS(後編)
純が少し気まずそうに隣に腰掛けると、勇利の腕が、純と反対側に坐っていた西郡の肩を引き寄せてきた。
「わっ!?」
「おい、何だよっ」
勇利に寄り掛かりそうになった2人は、慌てて解こうとしたが、見かけよりも強靭な勇利の手腕はびくともしない。
同年代3人の3様な表情は、キスクラの向こうに見える得点表示板に注がれた。
終盤の4F以外は従来の構成に戻していたので、GPFには及ばなかったがほぼクリーンな勇利の演技は、他者を寄せ付けぬ圧倒的な強さを表す得点を叩き出していた。
「4Fも完璧に認定されとる!文句なしに優勝や!おめでとう!」
「やったな勇利…って、おわああっ!?」
更にきつく勇利の腕が絡んできたので、西郡と純は今度こそ完全に体勢を崩してしまう。
しかし、何処からともなく伸びた手が、勇利から純の身体を引き剥がした。
「同年代で感激に浸るのは後にしろ。勝生、お前はインタビューやら表彰式やらあるだろ」
「あ、すみません…」
「何も、そこまで棘のある言い方せんでもええやないか」
「いつものお前よりは、遥かにマシだ」
我に返って謝罪する勇利と、困惑している純を、藤枝は彼にしては珍しい仏頂面で眺めていた。
全日本選手権の結果は、1位と2位はSPと変わらず勇利と南、3位に大健闘した礼之が入った。
FS3位の成績だった純は、1つ順位を上げて総合4位で締めくくり、礼之が15歳未満のジュニア選手である為に四大陸選手権の候補に挙がりかけていたが、
「これまで貰うたどんなメダルやトロフィーよりも、今回の賞状が一番嬉しいわ」と喜ぶ純の元へ現れた諸岡の眼差しと「本当にお疲れ様でした」という言葉を聞いて、
「こんなに楽しかったんも嬉しかったんも、そしてこんなに悔しかった試合も、今日が初めてですわ。これでもう、競技者として何も思い残す事はありません。僕、上林純は、本日を持ちまして現役から退かせて頂きます」
と、あっさり引退宣言をしたのであった。
「2年近くも一線離れてた膝に爆弾持ちの老兵殺す気か、このアホンダラが。ホンマはかつての先輩見習うて、明日の代表発表の場でぶちかましたろ思うてたけど、ヒゲに止められたわ」
「うん…それ、僕が純のコーチでも、絶対止めてると思う」