第7章 第3日目・男子FS(後編)
後半、苦手な3Aからのコンビネーションを決めた南は、満面の笑みで氷上を滑り続けた。
『健坊、君お医者さんの子やろ?君の腕も足も、見た目より骨はず~っと長いんやで。君は体幹もしっかりしとるから、無理に漕がんでもいける。もっと自分を信じな』
(おいは、純くんや勇利くん達のような体格には恵まれてなか…でも、おいと同じ身長で世界で活躍してる人は幾らでもおる。だから、言い訳はせん!これからもおいの持ってるもの全てで勝負していくけん!)
音楽を的確に捉えた南のステップを、純は手拍子をしながら眺め続ける。
「スケートって…やっぱり、ええな」
「…純?」
「もっと早うに気付けば良かったのか、それとも今だから気付けたのか…」
そう呟きながら少しだけ寂しそうに微笑む純の横顔を、勇利は複雑な表情で見つめた。
何故なら、先刻の純の演技から感じた彼の本心が、勇利の中で痛いほど響いていたからだ。
(僕は、自分の演技で純に何を伝えられるだろうか…?)
GPFでユーリの魂の叫びにも等しい演技で、一度は去りかけた競技の世界に留まる決意をしたように、純にもたとえ競技は引退しても、その美しいスケートを滑り続けて欲しい。
この世界に居続けて欲しい。
やがて、ほぼノーミスで演技を終えた南が、大喜びでキスクラに移動してきた姿を一瞥すると、勇利は西郡の傍で自分を見守っている純に視線を向けた。
「純」
「ん?何?」
いつもののんびりとした返事を聞きながら、勇利は言葉を続けた。
「純は、これから僕がもっと素敵なスケーターになれる為に、力を貸すって言ったよね?」
「ああ、言うたで」
「それじゃ、早速教えて。このプログラムをこれまでより素敵に滑るには、何が必要か」
真剣な勇利の眼差しに気付いた純は、少しだけ表情を引き締めた。
「…あくまで1つの意見やけど」
「うん」
「いつまでも、勝生勇利の中におるヴィクトル・ニキフォロフの存在を覗かせてばかりはあかん」
「……」
「これまでは、ヴィクトルがコーチやったからそれでも良かったけど、彼が銀盤に戻って来る今後は、マイナス要因になるかも知れへん」
温和なそれとは違う純の黒い瞳を、勇利は吸い込まれるように見つめ返した。