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【YOI・男主】愚者の贈り物

第7章 第3日目・男子FS(後編)


プレス用ブースにいた諸岡は、「勝生勇利に続いて上林純も復活か」とにわかに騒ぎ始めた記者達を他所に、リンクの中央で歓声に応える純を見つめていた。
確かに素晴らしい演技だった。
成績次第では、充分彼にも四大陸出場の可能性があるだろう。
しかし。
長年、勇利をはじめ幾多のスケーターを追いかけていた諸岡は、演技前から純の、また純を見つめる勇利の微妙な表情が気になっていた。
そして演技終了後、普段は冷静沈着な純が会場の歓声に満面の笑顔で応えた後、一瞬だけ無防備な表情で虚空を見つめていたのを逃さなかった。
(上林くん、君は…)
「…消えたな」
「うん…」
そして、そんな純の表情にリンクサイドの勇利と西郡も気付いていた。
会心の演技をした純が、達成感に満ち溢れた笑顔を周囲に向けていた刹那、ほんの数秒だけ見せた寂しそうな表情。
それは、紛れもなく純の競技選手としての命の炎が、燃え尽きた瞬間でもあったのだ。

笑いそうになる膝を懸命に堪えながら、純は自分の近くに落ちている花を出来るだけ拾い上げると、キスクラへと向かう。
(このキスクラへの道は、競技者としての僕の最後の花道やな…僕は勇利やない。散り遅れた花は見苦しいだけ。ええ引き際の舞になったわ)
内心名残惜しさを隠せずに、しかし次に控えた礼之達が待っているので、純は、自分の感傷を振り切るように足を進めるとリンクから出た。
途端に全身から力が抜けて崩れかけた純の身体を、力強い腕が支える。
「この、馬鹿野郎!」
「驚いたやろ?」
珍しく感情の篭った藤枝の声を聞いて、純は痛みに顔を顰めながらも、してやったりといわんばかりの笑顔で返した。
だが直後、藤枝によって抱き上げられた純は、無防備な悲鳴を周囲に轟かせる事となった。
「アホか、このヒゲ!下ろさんかい!」
「引きずられるよりゃマシだろが」
「僕は、肩を貸せて言うたんや!」
あまりの事に涙も引っ込んで赤面している南と礼之、顔に両手を当てた勇利に見送られながら、純はお姫様抱っこの状態でキスクラへと運ばれていった。
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