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【YOI・男主】愚者の贈り物

第6章 第3日目・男子FS(前編)


(「飛べ」…ってか?僕の膝を壊したアレを?散々僕を苦しめたアレを?)
藤枝の所で磨き続けたスケーティングで、リンクの端まで移動しながら、純は次のジャンプへの軌道とエッジを素早く確認する。
一瞬だけ視界に映った藤枝に「骨は拾うてくれ」と皮肉めいた笑みを漏らすと、純は覚悟を決めた。
『さあ、次は3Lzを予定している上林選手ですが…』
(スピード、エッジの角度…やるなら今しかない…散々長い間僕を苛め続けてきたんやから、もう気は済んだやろ?……最後くらいデレてみんかい!!)
「純、お前まさか!?」
ピアノと弦楽器のユニゾンによるクライマックスが訪れた瞬間、右足のトゥから宙を舞った純に、一気に会場が沸いた。
(刮目しい!これが上林純渾身の舞や!)
「純…!」
「あのバカ…!」
「あ、あれは!」
「純くんの幻の4回転!」
『な…何と、トリプルではなく4Lzを後半の土壇場で決めてきたあ!』
故障以降は封印し、練習以外では一度も飛んでいなかった4Lzを着氷させた純は、短くだが雄叫びを上げた。
いつもの飄々とした姿はどこへやら、気迫に満ちた純の表情に、勇利達は武者震いのようなものが全身を駆け抜けていくのを覚えた。

その後も、完璧とは言わないが純は全身全霊で銀盤での舞を満喫していた。
(終わりたないなあ。やっぱり僕は、自分が思うてる以上にスケートが大好きやったんや…)
膝への負担軽減から習得した片足のみによるステップや、ジャンプ以外の要素の精密さや美しさに、次の滑走者である礼之は必死に涙を堪え、南は我慢できずにしゃくり上げていた。
(僕はもうここまでや。僕の手じゃ世界は掴めへん。でも、君らがおるから何も心配してへんわ。健坊、礼之くん、そして…勇利。後は任せたで…)
最後の要素であるドーナツスピンを回りながら、純は自分を見つめている勇利に気づくと、優しく微笑んだ。
そして、そのまま消え行くと思った音楽が突如激しく鳴り響いた和音と同時に、左手を胸に当てたままの純の伸び切らなかった右手は、そのまま終結を意味するかのように硬く握りしめられた。
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