第6章 第3日目・男子FS(前編)
『同い年の勝生くんは出来るのに、どうして貴方はそうなの?』
『何だ、今のスピンは!勇利くんを見ろ。あんなに上手く回れてるじゃないか!』
勇利本人の所為ではないと判っていても、同い年というだけで安易に自分を煽る為だけの比較対象として彼を引き合いに出される事は、当時の純にとって苦痛以外の何物でもなかった。
指導側としては、勇利という競争相手の名を出す事で純の闘志やモチベーションを上げようと考えていたのだろうが、それは純にとっては逆効果でしかなかったのだ。
己の欠点や改善点を指摘されるのはともかく、その度繰り返される勇利の名に「叱るなら、僕自身についてだけ叱ってくれ。僕と勇利くんは違う。彼と比べるのはやめて欲しい」と何回叫びたくなった事か。
その時に毅然と反論出来れば良かったのかも知れないが、結局何も言えず自分の中で理不尽な想いと妙な勇利への対抗意識に囚われ続けた結果、あの怪我へと繋がったのだろう。
それだけに藤枝の言葉は、純を長年苛んでいた呪縛から解き放ち、本当の意味で自分だけのスケートを、1から構築し直す事が出来るようになったのだ。
「礼を言うのは俺もだぜ、純。選手時代は最終グループにも満足に残れなかったのが、今じゃいっぱしのコーチとしてここにいる。あの日、お前が俺の所に来たからだ」
「……」
「他にも話してぇ事はあるが、それはまた後でな。行って来い。そんで、お前にしか出来ねぇお前の滑りを見せつけて来い」
「──はい」
藤枝に背中を叩かれた純は、次いで会場に響いたアナウンスと共に、深く息を吐きながらリンクの中央へと向かって滑り出す。
『続いての登場は…氷上の風雅人(みやびびと)、上林純!SPは5位という成績でしたが、3~4位との点差は僅か!このFS次第では彼にも表彰台や四大陸出場の可能性があります!』
「純ー!」
「「「おきばりやすー!!!」」」
勇利の呼び声の後で、南と礼之からもお約束のエールが飛んできた。
3人の応援に純も小首を傾げて「へぇ、おおきに」と返すと、両手を軽く前に出して、鍵盤を奏でるかのようなポーズを取った。