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【YOI・男主】愚者の贈り物

第6章 第3日目・男子FS(前編)


リンクに足を踏み入れた純は、振り返るとコーチの藤枝に一言告げた。
「有難う。貴方がいたから、僕はここまで来れたんや」
「何だよいきなり」
「最後やしな。たまには素直に礼を言うんも悪くないやろ?」
「今夜の大阪は、集中豪雪かもな。膝はどうだ?」
「最善は尽くしたから、後はなるようになれや。でも…もしも、途中で僕が動けんようになったら…」
「安心しろ。その時はリンクサイドまで引きずり戻してやる」
「…肩くらい貸せや」

『せめてもう少し早く来てくれればねえ、上林くん。残念だけど遅かったよ』
『ごめんなさい。気持ちは判るけど、今更来られても…』
『生憎、将来有望な若手の面倒で手一杯なんだ。君の入る余地なんかないんだよ』
自らが招いた事とはいえ、かつてのコーチ達からの反応は、競技再開を決意した純の心を容赦なくへし折りにかかってきた。
そのような中、「あまりの破天荒さと遠慮のないダメ出しで逆に生徒が寄り付かない、ほぼ開店休業状態のコーチがいる」という噂を耳にした純は、一縷の望みをかけて藤枝の元を訪れたのだ。
『お前も気の毒にな。かつての強化選手が、こんな場末の名ばかりコーチに頼らざるを得ないだなんて』
『落ちぶれた選手と場末のコーチ、お互いマイナスやからこれ以上悪くなる事はないで。そっから、マイナスの二乗でプラスにすんのも、面白いと思わへんか?』
『…違いねえ』

だらしなく口ひげを蓄えた藤枝に、何故か純は初対面から「この人なら色眼鏡なしに自分を見てくれる」という、根拠のない直感めいたものを覚えた。
その後は、想像以上の藤枝のアレさに数え上げたらキリがない程の衝突と喧嘩を繰り返したが、スケーティングそのものの大切さをはじめ、故障前はさせて貰えなかった振り付け及び選曲等、自分自身のプロデュースについても藤枝は教えてくれた。
『お前は頭の回転が速いから、知識ばっかに偏りさえしなきゃ、どんな状況でも一定水準の演技が出来る。逆に、どんなに頑張ってもお前じゃ勝生勇利のような滑りは出来ねえ。お前と勝生じゃまるでタイプが違うからだ』
勇利の才能に嫉妬していた純の心を見透かすような藤枝の言葉に、ある意味ノービスの頃から自分を縛り続けてきた鎖のようなものが、音を立てて崩れていくのを感じた。
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