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【YOI・男主】愚者の贈り物

第6章 第3日目・男子FS(前編)


男子の公式練習が終わった瞬間、会場は慌ただしくこれから始まる女子SPの準備に取り掛かっていた。
あまり慣れたくはないタイトなスケジュールに、純達は控室に入ると、やっとひと心地付いたとばかりに深い息を吐く。
「あー、しんど。年寄りにはこたえるわ」
「純は僕と同い年なんだから、まだ若いでしょ」
「体力お化けの勇利と一緒にせんといてくれ。それに、この世界で24は長老枠やで」

昨今は選手寿命が延びて来たとはいえ、やはり男子選手は20代半ばがピークである。
それだけに、『リビングレジェンド』ヴィクトル・ニキフォロフがどれだけ偉大であるかと同時に、そんなヴィクトルを世界から奪った男である勇利が、彼によって本来の能力を引き出された裏で、その彼を銀盤の世界へ返す為に本音を隠して引退を考えたというのも、純はスケーターの端くれとして理解はできる。
しかし、自己評価が低く傷付く事を恐れるが故、他人に踏み込む前に自己完結してしまう傾向が強い勇利は、肝心な所でヴィクトルと何も話せていなかった。
幼い頃から追いかけていた彼を神聖視するあまり、ひとりの人間としてのヴィクトルの抱えていた苦悩や本心を、垣間見る事すらしていなかったのである。

(まあ僕に言わせれば、1年足らずであの勝生勇利を理解しようと思う方が、大きな間違いやけどな)
昨夜、就寝中耳を擽る何かに眠りを妨げられた純は、浴室から微かに漏れ聞こえてきた声から、勇利と彼が特別な関係にある事を知った。
その後足早にベッドに戻ってきた勇利を、純は狸寝入りでやり過ごしたが、勇利が別の意味でも『リビングレジェンドを奪った男』であった事に、呆れつつも「一途もここまで来れば上等やな」と妙に感心もしていた。
相応の実力を持ちながらも中々勝ちに恵まれずにいた勇利を、あそこまで見事なスケーターに仕立て上げたヴィクトルの手腕に舌を巻く一方で、純は何処かモヤモヤとしたものも覚えていた。
自分ですら、やっと今になって勇利とある程度判り合えたというのに。

別段純は勇利に恋慕の情は抱いてないが、そんな純には全く気付かずスマホで愛しい彼のSPを観ながら微笑む勇利を見て、面白くないと思っているのもまた事実であった。
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