第6章 第3日目・男子FS(前編)
幼馴染が本日京都でクリスマスコンサートがある事を思い出した純は、「そっちも演奏頑張ってな」とエールを送りながら、改めてこれまでの感謝の気持ちを言葉にした。
「ホンマに色々有難うな。お前の仲間やセンセにも、何遍言うても足りんほど感謝してる。大して礼も出来へんかったけど…」
『その分、今日の演技で返してくれ。僕らもええ勉強になったし結構面白かったわ。純の家の伝手で、看板のない隠れ料亭でご馳走もして貰うたしな♪それにしても、全日本選手権って賞金出ぇへん大会やってんな』
「ごめんなあ。賞金で何か奢れたら良かったんやけど、お前らの出とるコンクール並に出場料かかる割に、たとえ優勝しても貰えるのはメダルと記念品、四大陸とワールドの出場権だけやねん」
今でこそプラチナ・チケット並の席代がかかる全日本選手権だが、かつては無料どころか出場選手や関係者達が会場前で呼び込みをしていた程のマイナー競技大会だったのだ。
『昨日のSPも、中々良かったで。今日も純の力が出せるといいな』
「ああ、お互い頑張ろな」
スマホを切った純は、改めてここまで自分が辿ってきた道程を頭の中に思い浮かべた。
過酷すぎる現実に耐え切れず、一度は全てを投げ出して逃げていた。
だけど、どうしても大好きなスケートを完全に辞める事だけは出来なかった。
そして、どんなに打ちのめされても心の何処かで己を信じ闘志を失わない勇利を見て、もう一度同じ舞台で戦いたいと思ったのだ。
自業自得とはいえ、かつてのコーチからは「何を今更」と袖にされたりもしたが、そのような中でも見捨てずにいてくれた者もいた。
一度は全てを失った自分が、ゼロから築き上げた末漸くここまで来る事が出来た。
勿論、故障前に比べて練習量や足の具合は良いとはいえないが、これまでの競技人生の中で一番充実していると純は心の底から感じていた。
後は、悔いのないよう演じ切るだけだ。
そうしたら、今度こそ家族に恩返しをしなければ。
しかし、
(こうすべきだ、こうしなきゃいけねえ、の前に自分が何をしてぇのか…)
「僕は…」
隠し切れない本音が、先程の藤枝の言葉と共に純の心に去来したが、「悩むのは後や。今は競技に集中せんと」と思い直した純は、会場までの道を再び歩き始めた。