第4章 男子FS・前夜
「おいには、純にそがん思うて貰える資格ばなか!純が謝るこつば、何もなかよ!」
「…勇利?」
痛いほど純の両肩を掴む勇利の瞳には、涙が溢れ返っていた。
「純はこんなにもおいの事ば気にかけてくれとったのに、おいは自分の事しか考えとらんかったけん!純の気持ちや苦しみを知ろうとすらせんと…!」
『勇利くん。面倒かも知れへんけど、僕ら一応彼らには世話になっとんねやから、挨拶だけはしとかんと』
『「どうも」やのうて「有難う」や。感謝の言葉は、キチンと口にせな伝わらへんで』
ジュニアの頃から口下手で人付き合いが苦手だった勇利は、時折純からそうした類の小言をされていた。
社交性に長けた純の指摘は正論ではあるが、それだけにスケート以外に気持ちを上手く表現できない勇利にとっては苦痛であり、煙たく感じるものだったのだ。
しかし、自分にも他人にも厳しい純は、試合や練習等で良い滑りをした相手には「今の綺麗やわ」「とっても素敵やったで」と惜しみない賞賛の言葉も口にしていた。
勿論それは勇利に対しても例外ではなく、純の垂れ目がちの黒い瞳が嬉しそうに細められるのを見るのは、現金ではあるが決して悪い気はしなかったのである。
そして、世界の強豪と戦い続けていたシニアの先輩スケーター達が引退して純と2人きりになった時。
「これからは、自分たちで男子フィギュアを支えていかないと」と決意を口にする純を、勇利はどこか他人事のように聞き流していた。
だが、その後で続けられた純の言葉とあの笑顔を、今の今になって勇利は思い出したのだ。
『──しんどなるかも知れへんけど、頑張っていこうな。勇利くんなら大丈夫や。きっとこれからもっと、素敵なスケーターになれる』
ずっと自分は、孤独に滑り続けていくと思っていた。
そう思い込み自己完結する事で、煩わしい外部の言葉を遮断するように自己防衛していた。
だが、それは同時に勇利に向けられる愛情すらも、無意識の内に拒絶・否定し続けてきたのである。