第4章 男子FS・前夜
「僕は…昔から勇利のスケートの才能が羨ましかった。強靭な体力に揺るぎないリズム感、またそれを特別楽器の嗜みもあれへんのに、どんな音楽でも自分の身体全体で奏でられる事が、僕には妬ましくもあったんや」
「そんな…僕からしたら、純の方が羨ましいよ。僕なんかと違って頭は良いし、どんな時でも飄々としてて動じなくて、今日のSPだって」
「──そういう風に見せとるだけや。あのリカバリも、事前に何遍も確認してたから出来ただけで。ホンマの僕は、弱みを見せたなくて陰で『コソ勉』しとるだけの、ただの意地っ張りのビビリなんや」
何度も涙を拭いながらの純の告白に、勇利は数回目を瞬かせる。
「怪我をしたのも、他でもない僕自身のせいや。君が羨ましくて妬ましくて、当時の自分の力量も考えんと無茶な練習した挙げ句……勇利にいらん口きいてたあの子の事言われへんねん」
鼻をすすって息を吐いた純は、やがて涙で濡れた瞳を勇利に向けた。
「せやけど…僕がおらん間もずっと1人で頑張り続けてる勇利を観て、昨シーズンのGPFでの勇利の目ぇを観て、もう一度だけ同じ競技者として勇利と同じ氷の上に立ちたいて思うたんや。せやなかったら、ええ格好しいで意気地なしの僕はとても君に会う事ができひんかったから。たとえ叶わんかったとしても、最後だけは逃げずに貫こうと決めたから。そして、やっと…やっとこの全日本で勇利に会う事ができた」
「……」
「勇利に会って、ずっと伝えたかったし、謝りたかった。堪忍や勇利。僕のせいで…僕が不甲斐ないせいで、ずっと勇利を競技とは関係ないトコで苦しめ続けてた……一緒に分かち合わなあかんかったモンを、全部勇利だけに背負わせてしもうた…堪忍……」
「…が」
「?」
「……純が謝らなきゃならんこつば、ひとっつもなかよ!」
ベッドから勢い良く立ち上がった勇利が、椅子の上でうなだれる純の傍まで進むとその肩を掴んできた。