第3章 第2日目・男子SP
そんな勇利に気づいたのか、純は昔を思い出しながら少しだけ首動すと自分もまた「へぇ、おおきに」と笑顔を見せた。
「続いて登場するのはこの人!膝の大怪我から約2シーズンぶりに全日本のリンクに帰って来た男、上林純!曲目は映画『SAYURI』よりメモリーズ・オブ・ア・ゲイシャ」
所定の位置に立ち和傘を両手で持つような仕草をした純は、直後一切の表情を消した凍てつくような視線を、リンクに落としていた。
その佇まいに、一瞬にして観客の間にも言いようのない緊張感が走る。
「キター!純くんの『上林が立つとリンクの温度が下がる』!」
「南さん、もうちょっと小さな声で」
大興奮の南を諌めてはいるが、礼之もまた純の醸し出す雰囲気に頬を染めていた。
先程までの勇利のラテンの音楽が作り上げたエロスから、一転して純の作り出す激動の時代を生き抜いた芸者の世界へと変貌する。
「最初はコンビネーションジャンプを予定していますが…ああっと!4S単独になってしまった!」
しかし、純はひとつも表情を変えずにステップからの3Aを成功させ、そのままスピンへと繋げた。
柔軟性やスピード調整の難しさから男子ではまず見る事のないドーナツスピンを、氷上の純はまるでいとも容易く行うかのように回り続ける。
「2年近くも公式戦から離れてたのに衰えてないな。身体の軟らかさだけなら、上林はお前以上かも知れない」
「…うん。それに、あのリンクを更に凍りつかせるようなのは、クリスとまるで正反対だ」
西郡に返しながら、ふと勇利はジュニア時代に自分とは違い純が一度だけクリスに勝利していたのを思い出す。
プレッシャーに弱い自分と違ってどんな時でも冷静だった純は、当時の勇利にとって頼もしいと思う反面、散々コンプレックスを擽られたものである。
「さあ、最後のジャンプは3Lz…やはり、ここはきっちり決めてきた!」
最初に抜けてしまったコンビネーションジャンプを、3Lzの後に3Tをつける事でリカバリーした純に、客席のあちこちから拍手が起こる。
やがて、太鼓のリズムに合わせしなやかなステップを踏んだ後、京舞のような仕草でフィニッシュを決めた瞬間、会場から新たな歓声が轟いた。