第4章 いつでも
揺れる馬車でアイリーンはあることに今気付いた。今日のセバスチャンはいつもの執事服ではなくスーツを着ている。
黒のジャケットに青のネクタイをしめ、スラックスはかるいチェックが入った黒だ。
いつも封じ込められている危ないなにかが溢れているような気がした。
「どうしたんです?アイリーン」
「なんもないわよ」
ー呼び捨てにしてくるとこ腹が立つわ
それでも心のどこかで喜んで胸を弾ませている自分がいる。
「ジロジロと私を見るのでなにかあったのかなと思いました」
「なにもないわ」
つっけんどんにそういい返すとアイリーンは窓際に頬杖をついた。
「…つれないですね」
セバスチャンがアイリーンの手に手袋をつけた手を重ねてくる。悪魔の体温のない手が手袋越しに伝わってくる。
「はあ?」
急に拗ねる演技をし始めたセバスチャンにアイリーンは手を払いのける。
「拗ねたりなんかしてどうしたのよ」
「…何もありません」
払いのけられた手を元に戻して、さっきまで優しかった声音がいつもの少し冷たい声音になる。
たったそれだけなのにアイリーンの胸が抉られたように痛んだ。なにかいけないことをしてしまったんだという罪悪感が抉られた傷口に染み込んでいく。
「もう、めんどくさい恋人ね」
ーいいわよ、付き合ったげる。その恋人ごっこ
アイリーンはセバスチャンに近寄るとそっと唇を重ねた。一瞬だけの軽い口付けだったが、セバスチャンの紅茶色の瞳はいつもより大きく見開かれ、頰は蒸気しているように見えた。
してやったりの顔でアイリーンが座席に座る。そしてカバンのポケットから口紅を取り出して口に塗り直す。
「そんな大人ぶっても無駄ですよ」
セバスチャンが余裕たっぷりに笑ってアイリーンの腰を掴み、後頭部を抑える。逃げ場をなくしたアイリーンはセバスチャンのされるがままにキスをされた。
「もう…むりい…」
どれだけの時間が経ったかはわからない。30分かも知れない、30秒かもしれない。それでもその間だけはセバスチャンのものになってしまった。
「好きですよ」
でも忘れてはならない。
なりませんよ。
「…ええ。私もよ」
これはゲームなのだと。