第3章 従順
アイリーンがセバスチャンの肩をぎゅうっと強く掴み、酸欠になりそうだと主張する。するとセバスチャン唇を離してわざとらしく舌舐めずりをした。
「さっき飲んだマスカットジュースより甘いわ」
アイリーンは目に好戦的な光を宿してセバスチャンをまっすぐ見る。
「褒め言葉でございますか?」
くすりとセバスチャンが紫色の笑みを浮かべる。
「……寝る」
ーこのままこいつに流されれば終わり
毛布をごっぽり肩まで被り、顔を背ける。
「ではなぜあのようなことを?」
セバスチャンは燭台を手に持ち、主人の顔を照らし出す。
白い肌。薄いピンクの唇。長い睫毛。いつか全てきれいに整ったこのパーツが私だけを求めるように形を変えられてしまえたら…
「飼い犬の手綱はちゃんと握っておくべきだと考えたからよ」
ビリビリっと電流が背骨をはしる。
お嬢様は飼い主、私は犬。その犬に噛み殺されぬよう手綱を握ろうとする貴女。
その高潔なまでに滑稽な姿。
ー余計、歪ませたくなる
優しく息を吹きかけてロウソクの火を消す。
「おやすみなさいませ」
この闇に呑まれてしまわぬようきちんと見てあげましょう
あなたを看取るその時まで