第3章 従順
やはり温かい湯に浸かるのは気持ちいい。
アイリーンはセバスチャンにはらせた湯に浸かり、優雅に冷たいマスカットジュースを飲んでいる。からんからんと氷が音を立てて細長いグラスの中を回る。グラスの縁にはきれいに剥かれたマスカットが差し込まれている。
「お湯加減はいかがですか?」
セバスチャンが衝立越しに声をかけてくる。
「……」
口にマスカットを入れてゆっくりと噛みしめると甘酸っぱい芳醇な果汁が広がる。
「まだ拗ねていらしてるのですか?」
「拗ねてないわ」
ツンとした声音がセバスチャンの耳を通り抜ける。セバスチャンは余程機嫌を損ねてしまったのだなと苦笑いを浮かべて白いバスタオルをガラスの机の上に置いて分厚い黒のレースを目にあてて頭の後ろでくくる。
片手にバラのラベルが貼られたビンをもって衝立を半分に折りたたむ。
「バラの香りは落ち着き効果もあるんですよ。お好きなだけ花びらを浮かべてみてはいかがです?」
ビンの蓋をくるくると回して開けるとふわりといい香りがアイリーンの鼻をくすぐった。指で何枚かつまんでみるとピンクや赤色、薄いピンクなど色とりどりの花びらがあった。
「ふん…いいじゃない」
アイリーンの口元にふっと笑みがこぼれる。それを察知したのかセバスチャンの色味のない唇にも笑みがこぼれた。
「で、あなたは私になにを頼むつもりなの?」
「何度も申し上げているでしょう、屋敷に戻ってからと」