第2章 犬
「…着替えもロクに出来ないとは、全く当家の主人失格ですよ」
「…分かってる…」
全ての衣服を片付け終わったセバスチャンが手のほこりを払うようにして手を打ち合わせるとアイリーンにさっきいれた紅茶を差し出す。
「いい香りね。カモミールがよく効いてる…」
ゆっくりと紅茶をすする。
さっきまでのうるさい雰囲気の朝が嘘のような今の雰囲気にアイリーンはほっと胸を撫で下ろす。
「そういえばミアは」
「ミアと呼ばれた気がして!!」
「ひいっ?!」
ミアが窓から顔を出して現れる。
予想外の登場シーンにアイリーンとセバスチャンは呆気をとられた。
「おはよう、アイリーン」
「おはよう…あなた、今日の朝に帰るって言ってなかった?」
「そうね、もう馬車はそこまで来てるわ…でも帰れないの」
「「は?」」
ミアは悲しげに視線をそらし、アイリーンの足元に泣き崩れるようにして膝をつく。
「愛するあなたの声が聞きたくて…」
「貴女はほんと残念な美女ね…」
アイリーンはほとほと呆れた顔をするとミアの頭に手を置く。
「早く行かないと従者さんに迷惑よ。ちゃんと見送ってあげるから早く帰りなさい」
ミアの顔がどんどん綻んでいく。頭の上に乗っているアイリーンの手を掴む。
「アイリーン!!貴女はやっぱり最高の友人だわ!!」
ぐいっとミアに勢いよく引っ張られてアイリーンは手からティーカップを落としかける。セバスチャンはそれを受け取るとワゴンの上に置いた。
「お嬢様、お話がございますので後ほど書斎に」
「わかっ、きゃあああああああああ!」
「お嬢様?!」
窓からミアと一緒にアイリーンが消える。アイリーンの長い黒髪とミアの美しい金髪がしゅるりと窓枠から姿を消して下の方から重々しい音が聞こえ、笑い声も聞こえた。
「…大丈夫そうですね」
セバスチャンは窓を閉めるとワゴンを押してアイリーンの部屋のドアノブをひねった。