第2章 犬
「…ふー…」
アイリーンは大きく息を吸った。まだ残るあの声と感触。
ネグリジェをめくって足首を見てもやはり何も残っていない。
まだふるえる手足にいくら力を込めてもするりと力が抜けていくようだ。
「おやおや、なにかおかしいと思っていたら」
セバスチャンが床に落ちていた金色のボタンを拾い上げて手のひらにおさめる。
「なっ…!」
小さな声を出してアイリーンはネグリジェの胸元を触る。するとボタンの感触がなく、胸元は緩んだままだった。
顔を赤くして胸元を手繰り寄せて反抗的な視線をセバスチャンに向ける。
セバスチャンは余裕たっぷりの表情を見せてアイリーンの座っているベッドへと近寄る。
「まだこんなに震えてはよく眠れないでしょう…その恐怖から私が貴女を救って差し上げましょうか?」
肩を軽く押され、力の入っていないアイリーンの体は大人しくベッドに倒れる。
「…とうとう主人相手に枕営業するつもりなのかしら」
鋭い眼光が宿った瞳は目の前にまたがる悪魔を睨みつけているように見える。
しかし悪魔は鋭い眼光にひるむことなく主人を誘惑するようなねっとりした視線で見つめる。
「いいえ。ただ、こんなに震えておられるのにお眠りになるなど不可能だろうと思いまして」
まだ震え続ける手足。鋭い眼光は一瞬緩まり弱さが滲んだ目になる。
ーこのまま夜に溺れてしまってもいいのかもしれない。
「ご命令さえくだされば、なんなりと」
ふっと笑う悪魔。
「…私を眠らせて」
「イエス、マイロード」
執事がそっと主人の肌に唇をおいた。