第2章 犬
「ちっとも休めやしないじゃない…」
晩餐を終えてひと段落ついたアイリーンとミアは書斎にいた。カリカリと紙面を動く鳩ペンの音が書斎に流れていた。
ふとアイリーンは足を組んで机に肘をつきてため息をつく。
ミアは満足げに微笑んで紅茶を一口すする。
「仕事してるの?なんの?」
「会社のよ。いま、新商品考えててそれ関連の書類がこれ」
机の端に固められた書類の山をアイリーンはばしばし叩く。ミアは立ち上がり、書類の山から1枚書類を掴む。
「んー…これはちょっと無茶なんじゃない?いくらなんでもこれは無理よ」
「ふむ…言われてみればそうね。じゃあこれはなしで」
書類の片隅に大きくバツをして左から右へと書類を流す。
「そういえばミア」
「ん?」
「最近、ロンドンで犬が消える事件が勃発してるの。なにか知らない?」
「うーん…私が住んでるのはエディンバラだし、エディンバラじゃ犬がいなくなったなんて言ってる人は聞かないわ」
ミアが金髪をいじりながら答える。
「…直々にロンドンに行くしかないのかしら」
「なにそのスーパーめんどくさいですって顔は」
くすくすとミアは笑い、浮かない顔をするアイリーンの頬をつまむ。
「ぐえっ、はなふぃへ(離して)」
「アイリーンだって女の子なのよ。もっと可愛い顔をして生きていかなきゃ。ね?」
自由に伸び縮みするアイリーンの頬を面白がるようにミアはいじり続けると、両手で頬をつつみ、そっとキスを落とす。
「そうそう。その顔よ」
ミアはウィンクをしてアイリーンの頬から手を離して扉の方へ歩く。
一方のアイリーンは顔を真っ赤にしてミアにキスされた方の頬をおさえてパクパクと口を動かしている。
「まさか…ミアは…私のことそういう…」
「違うわよ!私はアイリーンのことは友達として大好きよ、でも」
くるりと後ろを振り向き、ミアは優しくわらう。
「あなたはきっと彼のこと大好きなんでしょ?」
「は?」
呆気にとられているアイリーンを無視して、うふふ、おやすみなさい。とミアは言うと部屋から出て行った。