第2章 犬
「さて、女王から預かった手紙の内容の話をするわね」
朝食を済ませ、書斎にやってきた2人は少し重い空気を感じながら話を始めた。
「どうやら最近、ロンドン中の犬という犬が消えているらしい」
「犬…ですか」
セバスチャンはピクリと片眉を動かし、犬という単語に反応する。アイリーンはうなずくとイスを左右にふりながら話を続ける。
「それも野良だけじゃない、愛玩用から軍事用まで。女王が飼っている白いマルチーズのマルちゃんも消えたらしいわ」
「犬なら本能で飼い主のもとへ戻ってこれるでしょう。それを待てばいいのでは?」
「そうなら私が出る幕じゃない。その犬たちが死体となって飼い主のもとへ戻ってきてるの」
「では、話をまとめるとロンドン中の愛玩用から軍事用、野良などの犬が何者かによって連れさらわれ帰ってきた犬たちは全員死体となって帰ってきた…というわけですね」
「そういうこと。さて…どうしたものかしら」
アイリーンは椅子にもたれて天井を見つめながらギィギィと音を立てて揺れる。
「私は犬は嫌いなのでこのまま消えてくれればいいのですがね」
「ふっ、あなたにも嫌いなものなんてあるのね」
いたずらっ子のように笑うアイリーンは頬杖をつく。
「これだけ長く生きていれば嫌いなものくらい生まれてきますよ」
セバスチャンが机に向かって歩いてくる。アイリーンは真顔でそれを待ち構えていると机にたどり着いたセバスチャンが顎をとらえて上向きにむかせる。
「なに」
「あなたのような人間は初めてです。私はあなたに興味が尽きない」
顎に添えられていた指が首筋をたどり鎖骨を這う。アイリーンは思わずくすぐったくて身をよじる。
「奇遇ね。私もあなたに興味が尽きないわ」
負けじとセバスチャンのネクタイを掴みぐいっと自分の方へと引き寄せる。
「昨日までのやられっぱなしの私じゃないわよ」
アイリーンはにやりと笑った。