第11章 Who is it that I need?
俺はからっぽになった。
ーアイリーン…
心には彼女の笑顔ばかりが思い浮かばれる。
「どうして…」
ただそこに生えている草になった気分だ。
風に揺らされるだけで意思なんてない。
すると、ピタリと馬車が止まった。
「なんだ…疲れてるんだ、早く動け」
窓から顔を覗かせて、御者のいる方を見ると、そこには栗色の髪をした女がいた。
顔は整っていて猫のような少しつり上がった目に長いまつ毛。
瞳の色は深海のような青色をしており、唇は真っ赤な血が塗りたくられているようだった。
女は蠱惑的な微笑みを浮かべて、御者のいる席に肘をついて身なりのいい男の膝の上に座っている。
「誰だお前は…御者は、どこだ」
強い風が吹いて女の髪が揺れた。
女は真っ赤な口を開けた。
「…レイ侯爵、いいお話があるんだけれど、お聞きにならない?」
鼻腔をくすめるイランイランの香り。
「なぜ俺の名を知っている」
「うふ、で?聞くの、聞かないの?」
「聞かない。早く帰りたいんだ、俺は疲れている」
段々腹が立ってきた。
どうしてこの女は全てを知っているような顔をしているのかが分からない。
女は人差し指を唇にあてて、考え込むフリをする。