第8章 変化
「ええ。そうですね」
嗚呼、つまらない。さっきから貴婦人たちに囲まれて思うように動けません。
適当に外にでも出てお嬢様たちのガールズトークが終わるのをお待ちしようと思って人間の餌に手を出したのが間違いでしたね。
美人は辛いです。
「ちょっと。セバスチャン」
主人の声が聞こえて私は振り返りました。するとオレンジ色のお酒にオレンジスライスが一枚入ったカクテルを持ったお嬢様が私の燕尾を掴んでおりました。お嬢様のお顔はほんのりどころかりんごのように赤くなっており、お嬢様が座っていたソファの近くのミニテーブルを見ると、ウイスキーのボトルと空になったモスコミュールの入っていたグラスが置いてありました。さてはお嬢様、小さなレディとガールズトークしているときにかなりお飲みになられましたね?
「はい。なんでしょう?」
「これ。あげる」
「…ありがとうございます」
おや、お嬢様が私にプレゼントだなんて珍しいではありませんか。明日は冬なのに気温でも上昇するのでしょうか?
私はお嬢様からワイングラスを受け取ると口をつけてみました。人間の好む味というものは理解できませんが、良い味というくらいは分かりました。
お嬢様に美味しいとお伝えしようと思い、話しかけようとするとお嬢様はどこかに行ってしまわれておりました。
「あら?そのカクテル、ワインクーラーじゃない?」
1人の貴婦人が私のワイングラスを見て言いました。周りにいた他の貴婦人も同意の声をあげ始め、くすくすと笑いました。
「ワインクーラーの意味ってたしか…」
「“私を射止めて”ですよ」
面白い。どこまでも私を飽きさせない。まさか自ら宣戦布告とは。私からあなたを離させず、あなたからも私を離させようとしない。
そのくせに意地を張って大人になろうとして背伸びして窮屈な思いをしようとしている。
その姿がたまらない。私はあなたの全てを食べ尽くしたいのです。
もっと貪欲に、淫らに、私だけを見て。
「さて、お返事をして参りましょうか」