第8章 変化
強引に距離をつめてくるこの女の子はエリザベス・ミッドフォードという名前だそうだ。
私はたじろぎながら自分の名前を言うと、エリザベスはにっこりと笑いかけてくれる。
こんな天使のような女の子が私みたいな物騒な女に話しかけて両親は飛んで来ないのだろうか?
「エリザベス、お母様たちは?」
「リジーって呼んで!お母様たちは…あらら?」
ー迷子か…
私はリジーの方に体を向けて、足を組み、ひざにひじをついてリジーを見つめた。
この様子ではきっと常習犯で本人もそこまで気にしていないんだろう。
「お姉様には好きな人がいるの?」
「ひぇっ?!そそそそそんなのいいいいいないわよよ」
「何を動揺なさっていらっしゃるのです?モスコミュールをお持ちいたしました」
セバスチャンが眉間に軽くシワを寄せて、琥珀色の液体とライムが入った縦に長いグラスを渡してきた。ライムのジューシーな匂いが鼻に入り込んでくる。モスコミュールはライムジュースとウォッカとジンジャーエールでで割ったカクテルだ。これもすっきりとした爽やかな飲み口で、ジンジャーエールで割ると甘口になる。
「そちらの可愛らしいレディにもなにかお持ち致しましょうか?」
軽く前かがみになり、セバスチャンはリジーに問いかける。
「じゃあ、オレンジジュースが欲しいわ!」
どんなお堅い貴婦人でもセバスチャンの美貌を目にしては慌てふためくのに、やはり小さな子供には効かないのだろうか。
私は近くにいたウェイターにウイスキーをボトルで注文する。今日は浴びるつもりで飲みにきた。
「あなたはあの人が好きなのね」
リジーがゆっくりとした核心をついたという口調で私に話しかける。私は口の中に含んでいたモスコミュールを吹き出しかけて手に口をあてる。