第8章 変化
それが舌だと分かったのは私がもう一度目を開けた時だった。
舌と唾液を吸われて何が何か分からなくなってくる。酸素もなくなってきて意識がもうろうとしてくる。
やっと唇が離れると私は手で唇から溢れた唾液をぬぐった。
「お嬢様、私にサービスしてくださるのであればこれくらいしていただかないと、ね」
「見事な駄犬っぷりね」
いつもセバスチャンには一枚上手をいかれる。
私が追いつこうとしても追いつけない。
セバスチャンはリップを再び取ると私の唇にそれを塗った。鏡で出来上がった姿を見てみるとかなり大人っぽく仕上がっていた。
「ワンと鳴けば許してくださりますか?」
胸元のポケットから銀時計を取り出してセバスチャンは時間を確認する。
私も鏡で最終確認をして立ち上がり、窓から下をのぞいた。するといつもの従者が見下ろしている私に気付いたのか帽子を取ってひらひらとさせた。
「許してやるもんですか」
私は鼻から息を出して笑った。セバスチャンも好戦的な微笑みを浮かべて笑うとドアを開けた。
「お伝えし忘れて申し訳ございませんが、オペラ鑑賞のあと晩餐会がございます」
「招待状はいつ来たのよ」
「お嬢様が先日、半分眠られながら封を切っておりましたよ。中身を確認することなく眠りましたが」
私はこの男と馬車に乗る気には到底なれなかった。