第8章 変化
「本日の夕食はクランベリーと牛挽肉のコテージ・パイと七種の野菜のサラダ、デザートはお嬢様のご希望により無しとしております」
セバスチャンが隣で丁寧に説明する。私は外側のフォークをとり、コテージ・パイに静かに滑らした。
サクサクとパイ生地が割れる音が私の食欲を掻き立てるはずだが、今はそういう訳にもいかない。それを一口大の大きさに切るとフォークに刺した。
「今日出来なかった公務を明日に回してくれて構わないわ」
やるべきだった3つの公務は全て近日中にとのことで書類が回ってきていたはずだ。この時期はなにかと忙しく、雪も降りしきる中、馬車を走らせてあちこちへと行かねばならない。
「かしこまりました。では明日に、『リランシュエール』本店への訪問をいたします。本日のご予定だった女王陛下とのオペラ鑑賞もチケットが手配出来ましたのでそれも明日にいたしましょう」
「めずらしく準備がいいわね。女王陛下には連絡してあるの?」
「しておきました。女王陛下から『分かりました。お嬢ちゃんにはお大事にと伝えておいてね』との伝言がありましたのでお伝えしておきます」
「わかったわ。もう食欲がないから全部下げてくれないかしら。ついでにあなたも私が呼ぶまで下がっててくれていいわ」
私はフォークを皿の上に置いた。セバスチャンは御意、と言うと私の目の前にある皿を一つ一つ丁寧な所作で下げていってそれをワゴンに乗せると食堂を出ていった。
私はセバスチャンを下げさせて誰もいない食堂で紅茶をすすりながらあることに引っかかっていた。
『ロゼ・セザンヌ』
どこか聞いたことがあるような名前な気がする。頭の隅で引っ張り出そうとするが引っ張り出せないもどかしさが私は嫌いだ。