第7章 無意味なひと
「…ま、お嬢様!」
私は目を覚ました。
誰かが私に手を伸ばしている。ゆらりと揺れるその手はさっきのお姉様の手と良く似ている。顔は子供の落書きのようなグチャグチャの線でめらしき辺りだけぽっかりと白くなっている。
背筋に悪寒がはしり、全身が跳ねるようにして布団を掴んで頭まで覆いつくした。
もう嫌だ。もう嫌だ。
「ひっ、ごめんっ、なさい…ごめんなさい…」
手が自分で制御出来ないくらい震える。心臓を握りつぶされそうな恐怖に殺される。
「お嬢様、私です。セバスチャンですよ」
「…セバスチャン…?ほんとうに…?」
私はちらりと顔を布団から覗かせた。するとセバスチャンが柔和な表情を見せていた。
手を天井に伸ばすとその手をセバスチャンが力強く握った。手袋越しでも分かる。死んだ人の冷たい手。
ただ今はそれがひどく心地よい。
私は布団を床に落としてセバスチャンの手を自分の方に引っ張ると手袋を取り、それも床へと放り投げた。
そしてその冷たい手を自分の頰や鼻につけて冷たい感触を確かめる。