第1章 狐日和
部屋に入ってすぐ彼はベッドにうつ伏せになってぐーぐー寝息を立て始めた。時々携帯電話が鳴ってたけど目を覚ます様子はなかった。
もし兄貴分の人だったら、怒られるんだろうなあ。どれぐらい怒られるのかなあ。きっとすごく怖いんだろうなあ。
ふふ。
朝方になって目を覚ました時にはすっかり酔いが冷めていて、自分がどこにいるのかもすぐ把握が出来たようで、私に土下座して謝ってきた。大いなる誤解だ。
その誤解を解いた後、「よかったぁ……」と涙目で顔を上げる姿が、何だかかわいい柴犬を前にしたようで、キュン、と来てしまって。
「まあ、キスはされたけど」
なんて言ったら、眉尻を下げて「すいませんでしたァ!!」と大きな声で謝られた。
冗談ですよ、と伝えたらじろりと睨まれて、
「お姉さん、人が悪いですよ……」
あまりにかわいくてくすくす笑ってたら、彼はバツが悪そうに頭をかいていた。
「本当にヤクザなの?」
「……本当ですよ……城戸武って言います。……お姉さんは」
「私は、静森さくらっていいます。普通のOLやってます」
「……とにかく、ご迷惑かけてすいませんでした」
彼はポケットを探って携帯電話を開き、すぐに顔色を変える。
「ちょ……っとオレもう行かなきゃ。ホテル代払いますんで、出ませんか」
「携帯番号聞かないの?」
「え?」
「私の携帯電話の番号」
ぽかん、とした表情の後、急にあたふたと狼狽える。本当に見てて飽きない人だと思った。
「い、い、いやぁ、いいっす、そんな、あっでも、お詫びしなきゃなんねえかあ、あぁー」
両手で頭を抱えてうなり出したので、彼の携帯を取って赤外線通信で連絡先を交換する。
「あ……」
「お礼はいつでもいいですよ」
そう言って携帯を返すと、彼は頷いて、受け取った。
彼と別れた後、連絡が来るまでにそんなに間は空かなかった。次に会った時は口元に絆創膏を貼っていたけど。
「大丈夫?」
「いや、もう、ハイ、大丈夫っす」
既に何度か見た、決まりの悪そうな顔。
手を伸ばして頬を撫でてあげると、ビクッと震えて、口を引き結んで、視線を落とした。
ヤクザなのに、かわいいなあ。