第99章 Bittersweet
「えっと…明日帰ってくるんじゃ…」
「そうなんだよ。だけど予定より早く終わってさ。今日帰りますって部長には伝えたんだけどね」
ぐるぐる巻いているマフラーを外しながら、大野さんが肩を竦める。
「そうだったんですね」
「櫻井は残業?」
その、外したマフラーをコートのポケットに突っ込む大野さん。
だけど、モコモコなマフラーはすぐさまポケットからデロンと出てきてしまって。
突っ込んでは出てきて、また突っ込んでを3回ほど繰り返す姿にほっこりした。
「僕はだいぶ進んで、終わりが見えてきたところです」
「そっか」
マフラーでパンパンになっているポケットを押さえながら、もう片方の手でビジネスバッグを持つ大野さんは、自分のデスクに向かっていった。
俺のデスクからはパソコン越しに大野さんの背中が見える。
「大野さん、荷物少なくないですか?」
さっきから気になっていたことを聞いてみた。
「あ、うん。スーツケースは一旦家に帰って置いてきたから」
「そのあとわざわざ会社に?」
「うん。ちょっと用事があってね」
「今日中にしないといけない用事なんですね」
「うん、まぁ…そんなとこ」
ふわっと柔らかな印象なのに、仕事ができる大野さん。
今でももちろん尊敬しているけど、そんなあなたに俺はどんどん惹かれていったんだ。
今日、まさか会えるなんて。
すごく嬉しいです…大野さん。
思いに耽っていると
「あれ?櫻井、手が止まってるぞ。キーボード叩く音がしてないけど」
大野さんが急に振り向いてそんなことを言うから、俺の体がビクッと跳ねた。
あぁ、また恥ずかしいとこ見られたじゃん。
「んふふ。おいら、何か変なこと言ったか?」
「いえ…言ってません。これから取り掛かります」
そうだよ…
つい大野さんに見入ってたよ、俺。
大野さんと2人きりのフロア。
俺の体の中では、バクバクと鼓動が騒いでいて。
それを書き消すような、キーボードを叩く音と…
大野さんが何やらゴソゴソさせている音と…
なぜだか甘くていい匂いがし始めた。