第99章 Bittersweet
「お先に~」
「お疲れ様~」
「じゃあ櫻井、帰りに戸締まりよろしく~」
「はい、わかりました」
はぁ…。
次々と皆が帰っていって。
だだっ広いフロアに、残っているのは俺1人。
今日は俺、誕生日なのになぁ。
時間的にも、お気に入りのケーキ屋さんにはきっと間に合わないだろう。
夜の暗さも相まって、何だかさびしさが増してくる。
報告書を仕上げて、せめて少しでも早く家に帰れるようにしよう。
俺は両頬をパンパンと叩いて気合いを入れ、パソコンに向かった。
もうすぐ終わりが見えてきた頃、ふと大野さんの顔が頭に浮かんだ。
俺がひそかに恋している大野さんは、3日前から出張で不在にしている。
たしか、明日だったっけなぁ…帰ってくるの。
会いたいです。
あなたの顔がみたいです。
大野さんは1つ上で、同じ男だけど…
好き、なんです…。
思ってるだけならいいですよね、大野さん。
誕生日に、大好きなあなたがいないなんて…。
ここには今、俺1人しかいないのをいいことに
「大野さーん」
って思いっきり大きな声で叫んでみた。
「ん?呼んだか?」
…すぐ後ろから聞こえてきたのは、大野さんの声。
え?
大野さん?
ゆっくり振り向くと、声の主はやっぱり大野さんで。
「お、お、大野さんっ?」
ガタガタッと椅子の座面からお尻がずれて、危うく転げ落ちそうになったけど何とか足を踏ん張ってこらえた。
「んふふ。ただいま」
まさかいるとは思いもしなかったご本人さまの登場。
びっくりやら恥ずかしいやらでアタフタしている俺。
そんな俺とは対照的に、大野さんはいつものように…いや、いつも以上の可愛らしさでふにゃんと微笑んでいた。