第96章 ワインレッド~season~
靴を揃え直したおいらは冷たい水で顔を洗った後、ベッドに入った。
「翔くん、帰れたかな」
気になってスマホを手にするものの、勇気が出せずに再び枕元に戻した。
唇には翔くんとのキスの感触と味が残っている。
頭に浮かぶのは戸惑った表情の翔くんの姿。
あの時、翔くんは潤んだ瞳をキョロキョロさせながら小刻みにふるえていた。
不謹慎かもしれないけど…
真っ赤な唇をパクパクさせて今にも泣きそうな翔くんを改めて思い浮かべると、下半身にくるものがあった。
おいらの体がドクンドクンと疼く。
パンツの中に手を入れ、おいらは硬くて滑りを帯びている中心を扱いた。
リアルな光景が焼きついているせいか、今までで一番気持ちよく感じる。
「しょ、く…」
イッたおいらの手の中にドロッと広がる生暖かい熱。
おいらは自分の奥深くにある欲望を目の当たりにした。
週明けの月曜日。
今まで翔くんとは社内で顔を合わせたことはないけれど、もしかしたら…と思うと気持ちが落ち着かなかった。
一番ビクビクしたのはエレベーター。
扉が開いた時に翔くんがいたらどうしよう…って。
そんな時に限って、普段は気にならない他人の会話が耳に入ってくる。
乗り込んだエレベーターの中、後ろのほうで“さくらいさん”と呼んでいる声がして、体がこわばった。
たしか翔くんの姿はなかったはず…。
そう思いながらもおいらの心臓はバクバクし、気が気じゃなかった。
“さくらいさん”と呼ばれる人が、おいらより先にエレベーターを降りる。
翔くんのように肌が白いけど、背丈はおいらと変わらない小柄な男の人で、別人だったことにホッとした。
そんなこともあってか、仕事はミスなくこなすことができたものの、今日は1日どっと疲れた。
まっすぐ自宅に帰るつもりでいたのに、おいらの足はいつもの居酒屋さんに向かっていた。
久しぶりに通されたカウンター席。
以前は1人で来ていたんだし、その頃に戻っただけ。
だけど、思っていたよりも翔くんの存在は大きくなっていたようで。
おいら、1人だった時は何を食べてたっけ…。
メニュー表を見ても、美味しそうに頬張る翔くんの顔しか出てこない。
とりあえず生ビールを頼もうかと上半身を傾けながら店員を探していると
「生、頼んじゃった?」
後ろから翔くんの声がした。