第96章 ワインレッド~season~
翔くんと約束した日。
約束の5分前。
そろそろ店が見えてくる…って辺りで、店よりも先に翔くんの姿を見つけた。
ただ立ってるだけなのに
「カッコいい…」
そんな彼の待ち人は、おいらなんだよなぁ。
翔くんはおいらに気づくと
「大野さーん」
って、大きく手を振ってくれた。
いつもの居酒屋さんで、おいらは初めて二人席に座った。
見える景色が違うし、掘りごたつ風な席の向かいには翔くんがいる。
二人で…なんて、特別な感じがする。
ワクワクなおいらは、何度かわざと足先で翔くんの足にチョンと触れてみた。
だけど…翔くんはさほど気にする様子もなく、翔くんからおいらの足に触れてくることもなかった。
意識されてないのは残念だけど、怒られなかっただけでも良しとしようって…いつになく前向きになった。
翔くんはあの日と同じようにいっぱい食べ、沢山飲んでいた。
「櫻井くんは、お酒が強いんだね」
「そうなんです。友人たちが酔いつぶれるのに、いつまでも飲んでるのは申し訳なくて…。最近は1人で飲んでるんです」
「ふふっ。おいらもね、わりと強いんだよ」
「うわぁ、嬉しいです。ゆっくり一緒に楽しめますね」
…ゆっくり一緒に楽しめる、か。
それ、いいかも。
会話が弾む中で、翔くんについて幾つか知ることができた。
年齢は、翔くんが1つ下。
それよりもまず一番ビックリしたのは…同じ会社だったこと。
大きな会社だから部署ごとにフロアが違うし、仕事で関連がなければ接する機会もあまりない。
そうだとしても、翔くんの存在を知らなかったなんて。
うーん…おいらは頭の中をフル回転させてみた。
「あっ」
「大野さん?」
「おいら…いなかったかもしれない」
「えっ?」
「新入社員の挨拶回りの時…おいら、出張だった」
「そうでしたか」
「うん。あのさ…もしイヤじゃなかったら、ここでは会社みたいな呼び方は無しにしない?」
翔くんとおいらが勤めている会社は、社内では下の名前で呼ぶことは禁止されていて、同姓や兄弟でも特例はない。
「えっと…翔くん。歳もさ、おいらと1つしか変わらないし、敬語も無しにしよ?」
「うん、わかった…智くん」
“智くん”
そう呼んでくれた翔くんが照れたようにするから、おいらもくすぐったい気持ちになった。