第96章 ワインレッド~season~
「あのっ。スマホ忘れてます」
おいらは店の出口に立つその人の肩を叩きながら声をかけた。
「スマホ…」
その人が自分の腰回りをペタペタと手で触って探り始める。
そして
「あっ。無い…」
呟きとともに、その手が止まった。
店を出てしまう前に気づいてあげられて良かったって思った。
あとはスマホを渡して終わり。
…の、つもりでいたんだけど。
振り返ったその人を見て、今度はおいらの体が固まった。
男性だけど、とても綺麗な顔をしている。
白い肌、大きな瞳、ふっくらした赤い唇。
つい見とれそうになった視線をスマホに移した。
「えっと、このスマホなんですけど…」
「ありがとうございます。たしかに俺のです」
「んふふ。良かった」
お互いにホッとし、おいらの手からその人の手にスマホが渡った。
「助かりました。ありがとうございます」
「いえ、たまたま気づいただけなので…」
スマホを渡して終わり。
…には、したくないと思った。
だけど、会計を終えた団体客がゾロゾロとこちらに来てしまって。
おいらとその人との距離が離れていく。
団体さん、何もこのタイミングで来なくてもいいじゃん…って心の中で思った。
もう少し話したかったなぁ。
団体客に押されるようにして店を出たその人のことが頭から離れないまま、間もなくしておいらも会計を済ませた。
店の外に出ると、タタタタタッと小走りでおいらに近づいてくる人がいた。
それが誰なのかすぐに気づき、ニヤけそうになる。
「さっきはありがとうございました」
「あの…もしかして、待っててくれたんですか?」
「はい」
少し照れたように返事をするその人に胸の鼓動が高鳴り、顔が熱くなる。
ドキドキドキドキ…
これは酒のせいではないことくらい、おいらにだってすぐにわかった。
「俺、櫻井翔といいます。今度、お礼をさせていただけませんか?」
「お礼なんてそんな…」
「いや、いや。スマホがなかったら本当にもう、どんだけ落ち込んでたか」
「ふふっ。その気持ち、わかります。えっと…おいらは大野智です。じゃあ…今度一緒に飲みませんか?」
「はい、ぜひ。ここでいいですよね」
「うん。ここで」
こうして…
おいらは翔くんとまた会う約束と連絡先を交換することができたんだ。