第94章 愛と勇気とサクランボ
Oサイド
卒業式当日はスッキリと晴れ、青空が広がっていた。
どの学年の担任にもついていない俺は今日1日、職員室で電話番の担当をしていた。
「おっ。賑やかになってきたな」
窓を開けても、ここからは外の様子は見えない。
聞こえてくる声たちに耳を傾けていると、今日初めての電話が鳴った。
窓際から急いで戻り、3コールめあたりで受話器をとって学校名を告げた。
『…大野先生』
受話器の向こうで俺の名前を呼ぶ、低音ハスキーボイス。
「…あっ、翔くん?翔くんなの?」
『はい、そうです。櫻井です』
今日はもう、接する機会はないんだって思っていたから…
びっくりしたのもあるけど、彼の声が聞けたのが本当に嬉しくて胸に込み上げてくるものがあった。
「卒業おめでとう。どうした?何かあった?」
目尻がじんわりと濡れてきて、指で拭いながらも受話器は耳から離さないようにした。
『…好きです』
「うん、知ってる。…俺も好きだよ」
『え、えっと…僕は大好きですからっ』
プーップーップーッ…。
櫻井は叫ぶように言って、そのまま電話を切ってしまった。
「あはは、切っちゃったよ」
アタフタする櫻井の姿を思い浮かべたら、いきなり電話を切られたことすら愛しく思えた。
そっか、心の中では何度も思ってたから、言ってるつもりでいたんだな。
俺だって“好き”って言葉は言い慣れてるわけじゃないから、あいつは尚更…。
きっと今ごろ、顔を真っ赤にしてるんだろうな。
「はぁ…可愛いサクランボだな」
だけど。
どうしよ。
大人の余裕を見せてきたけど…
俺も……。