第94章 愛と勇気とサクランボ
Sサイド
美術室には、大野先生が鉛筆を走らせる音だけがしている。
僕は、僕に向けらる大野先生の表情がいつもよりキリッとしていることにドキドキしつつ、もっと体の色んな部分を見てもらいたいって気持ちがわきはじめていた。
だけど先生が発したのは“もうすぐ描き終わるから”って言葉だった。
大野先生からしたら、僕はまだまだ魅力が足りないのかな…。
だけど、明日卒業する僕にはもう時間がない。
僕は思いきって、全てを脱ぎさってもいい覚悟があることを先生に伝えた。
大野先生は鉛筆を置き、僕を優しく抱きしめてくれた。
そして僕の耳元で、嬉しくなるような言葉を囁いていく。
綺麗だとか色気とか…
ここじゃじっくり見れないとか…。
それっていつか落ち着ける場所で見せてほしいってこと…ですよね。
「卒業したらもう終わりなんだと思ってました」
「そんなわけないのに…」
先生の親指と人差し指が僕の顎をとらえる。
クイッと上を向かされると、先生の視線とぶつかった。
「あんまり深いのはしないよ。それこそ我慢できなくなるから」
「はい、わかってます」
僕は顎クイされたまま、先生とちゅっ。とキスをした。
卒業式当日はよく晴れていた。
この学校では卒業式後、昇降口から正門まで在校生と教師が手でアーチを作り、その中を卒業生が通っていくのが恒例となっている。
「翔ちゃん、大野先生いないね」
「うん…」
「翔さん、大丈夫?」
「雅紀、潤、ありがとう。大丈夫だから…」
僕は雅紀と潤と一緒にアーチを通ったけど、大野先生の姿は見当たらなかった。
正門まであと少しになった所で二宮先生を見つけた。
「卒業おめでとう」
お祝いの言葉の後、
「……電話番してるよ」
ってコッソリ教えてくれた。
「ありがとうございます」
「頑張れよ、チェリーくん」
そう呟いたのが聞こえ、僕は頷いた。
高校の番号をタップし、3回コールした後に心地よい声が聞こえてきた。
「大野先生…」
『…あっ、翔くん?翔くんなの?』
声で僕だとわかってくれて、胸がいっぱいになった。
それとともに、大野先生の慌てる様子が目に浮かぶ。
学校の電話だから、長話をするわけにはいかなくて…
僕は要件のみ先生に伝え、電話を切った。