第94章 愛と勇気とサクランボ
Sサイド
「あのぉ」
ドア越しから声がかかる。
少し高めの男性の声には聞き覚えがあった。
…二宮先生だ。
大野先生は僕を安心させようとしたのか、僕の肩にポンと触れてからドアのほうに向かった。
その気遣いが嬉しい。
僕は椅子から離れ、ドアから見えにくい位置に身を潜めて様子をうかがうことにした。
「おはようございます。大野先生」
「おはようございます。二宮先生」
ドアの前にいたのは、やはり二宮先生だったようだ。
「どうしたんですか?」
「アンケート用紙がまだ数枚あったので、櫻井に渡してもらおうと思いまして」
「そうでしたか。わかりました」
カサッと用紙が手渡される音がした。
本当に用事があってここに来たんだとホッとしていると、
「あ、まだここに櫻井います?」
「えっ、ちょっと、何して…」
二宮先生が大野先生の横から顔を入れて、美術室の中をキョロキョロ見渡し始める。
「あはは、いたいた」
びっくりして動けずにいる僕を見つけた二宮先生。
その声色は、とても楽しそう。
逆に、僕はきっと顔がひきつってると思う。
大野先生は、はぁ…とため息をついた。
「中、入ります?」
「すいませんねぇ、お邪魔しまーす」
二宮先生はちっとも申し訳なさそうではなくて。
「受け取ってる隙に中を覗くなんて」
大野先生は仕方なさそうにしながら、美術室のドアを閉めた。
さっきまで大野先生が座っていた椅子に、二宮先生が腰かける。
ドア近くに立ったままの大野先生の横に並ぶと、二宮先生と目が合ったから会釈した。
「よっ、櫻井」
キラーン、と効果音がつきそうな二宮先生の笑顔は、誰もが惹かれると思う。
僕は…大野先生のふにゃっとした笑顔のほうが好きだけど。
「ふふっ。櫻井、いいことでもあったの?」
「えっ?」
「ちょっと、二宮先生」
「だってさ。櫻井、職員室に来た時より可愛くなってるから」
二宮先生の言葉に、僕と大野先生は顔を見合せた。