第94章 愛と勇気とサクランボ
Sサイド
“ん~っ”て唇を突き出すと、大野先生が不思議そうな表情で僕を見ていた。
“唇を出したらどうなるかな”って言ったのは先生なのに。
先生も早く、早く。
そう思っているのに、先生は僕の唇に視線を向けてるだけだった。
僕だけこんなタコさん唇をしていて恥ずかしい。
もしかして、もしかしてだけど、先生はキスしようとしてくれてるのかなって…
内心ドキドキしてたんだけど…違ったのかな。
…それもそうか。
考えてみたら、男子高校生の僕がこんなことしてたって可愛いわけじゃないし。
気持ちが段々落ちていく。
それとともに俯き加減になり、唇もタコさんから通常に戻りはじめた時…
唇に何かフワッと触れた。
えっ、うそっ。
先生のドアップが見えて、唇が重なっているんだと気づいた。
全神経が一気に集中してるんじゃないかってくらい、顔が熱くなる。
僕の唇を数回啄むように先生の唇が動いていく。
ちゅっ。と触れるだけのキスを想像していた僕には、この食べられてるみたいなキスは衝撃的だった。
「せ、せん、せ…」
「ん?」
「も、だめ…です」
「ん…」
先生の唇がゆっくりと離れていく。
「そうだよな、このあと授業だもんな」
先生が僕の頭を優しくポンポンする。
雅紀や潤にしてもらった時は違う、嬉し恥ずかしさに首が縮こまった。
「ん?どうした?」
くすぐったくなるくらい、先生の声は甘かった。
校舎の外や廊下から、多くの生徒たちの声が聞こえてきて、登校時間のピークをむかえていた。
本当はもう少しこのままでいたいななんて思っていたけれど、急に夢の世界から現実に戻ったような気持ちになって。
僕は膝の上に置いていたファイルの端をキュッと握った。