第94章 愛と勇気とサクランボ
Oサイド
ゆっくりとドアを開けると櫻井がいた。
“早く来て”
思いが通じたことが嬉しくて、自然と口角が上がっていく。
アンケート用紙のことがあるとはいえ、櫻井とここで顔を合わせるのは初めてで…
全身が震えるほどに胸が高鳴った。
「おは……さくら、い…?」
声をかけようとした時、櫻井の大きな瞳が潤みはじめたことに気づいた。
「ちょ、どうした?」
櫻井の両肩に手を乗せ、顔をよく見てみる。
ポロポロっと涙をこぼすから、俺も動揺した。
「と、とりあえず中に入るか?」
変な意味で連れ込むわけではないけど、教師と生徒という立場上、後ろめたさはある。
だけど、涙を流す櫻井をこのままにしておくわけにもいかない。
櫻井は間を明けずにコクッと頷いた。
俺は櫻井の肩にあった手を外し、美術室の中に促した。
「ここに座ろうか」
椅子を2つ並べて、まず櫻井を座らせた。
俺はティッシュの箱とゴミ箱を持ってきてから椅子に座った。
櫻井は涙は止まったようだが、あの日のようにグスッグスッと鼻をすすっている。
ティッシュを2~3枚取り、櫻井に渡すと
「ありがとうございます」
小声でお礼を言いながら、チーン…チーンと豪快に鼻をかみはじめた。
しっかりしていて落ち着いた印象があるせいか、音をたてないように鼻をかむのかと思っていたけど…
意外な一面がかえって微笑ましくて胸を打つ。
そういえば、あの時も『諦めないからな~!』って叫んでたっけ。
「ふふふっ」
つい声を出して笑ってしまった。
「先生?」
そんな俺を櫻井が不思議そうに顔をのぞきこむ。
うわっ…
可愛い。
色が白くて歯の大きな櫻井の白目が、うっすらと赤くなっていて…
二宮先生が言った通り、白うさぎっぽいと思った。
「少し落ち着いた?」
「はい、もう大丈夫です」
櫻井がニコッとする。
どうして泣いていたのかはわからないけど、その理由はいますぐ聞かなくてもいいような気がした。
「それなら良かった。そうだ、アンケート用紙を渡さないとね」
「あ、そうでした。アンケート…」
はにかむ櫻井の姿につい見とれそうになるのをごまかすように、俺はファイルに手を伸ばした。