第94章 愛と勇気とサクランボ
Sサイド
もう大野先生は美術室にいるのだろうか。
二宮先生との会話の中で仕入れることができた、
“大野先生は学校に着いたらすぐ、美術室の空気の入れ替えをする”
っていう情報。
朝そこに行けば、遅かれ早かれ大野先生と接触することはできるはず。
そんなことを思いながら階段前に来た僕の耳に、微かにだけど登校してきた生徒たちの声が聞こえはじめてきた。
徐々に大きくなる話し声。
靴から上履きに履き替える音。
それらが僕の胸を掻き立てた。
行かなきゃ。
早くあそこに行かなきゃ。
美術室のある1階へ階段を降りる時は、スタタタタッと軽快に。
一番奥にある美術室まで続く廊下は、自然と小走りになった。
美術室の電気はついていない。
ドアに耳を当てると、窓ガラスを閉める音が聞こえてきた。
中に人がいる、そう確信した。
だけど僕も含め、早く登校する生徒だっている。
さっきそれは目の当たりにした。
果たして中にいる人は大野先生なのか、もしかしたら美術部員なのか…。
ここにいるのは大野先生だと思い込んでいただけに、僕は急にソワソワしてきた。
もし部員さんだったら、大野先生に用事があると言えばいいことなのだけど…。
考えてみたら、僕は今まで美術室は前を通り過ぎるだけだった。
校内見学と廊下掃除では中には入らない。
入学時の部活動見学でも、僕はスルーしていた。
初めて訪れる場所であることにも緊張が走る。
でも。
大野先生が僕に興味を抱いてくれたきっかけは美術の授業の時で。
ここには何か縁があるのかもしれないと、僕は思いたい。
少し震える拳で
コンコン
とドアをノックした。
ゆっくり開いたドアの前にいたのは、柔らかな表情の大野先生。
ホッとしたからなのか、じわじわと目が潤んできたのを感じた。