第94章 愛と勇気とサクランボ
Oサイド
学校に着いたあと、俺は一度職員室に寄ってから美術室に足を運んだ。
空気の入れ替えをするために窓を開けると、朝の風が少しひんやりと感じた。
「来週から衣替えだったな」
季節の変わりを感じながら、手に持っているファイルを広げた。
二宮先生から櫻井に渡す予定だったアンケート用紙。
それが今、こうして俺の手元にある。
『俺から櫻井に渡しておきます』
一昨日、帰り支度をしていた二宮先生に俺はそう声をかけた。
職員室にはまだ多くの先生が同じように帰り支度をしていたし、断られたらどうしようと内心ビクビクしていた。
だけど、櫻井と接する理由が皆に伝わるには、今このタイミングしかない。
二宮先生はさほど驚いた様子もなく、
「ありがとうございます、助かります。じゃあ、大野先生お願いしますね」
って、ごく自然に対応してくれた。
肩をポンポンと2回叩かれたのは、二宮先生なりの激励なんだと受け止めた。
1階の奥にある美術室にも、登校してくる生徒たちの声が聞こえはじめる。
櫻井がいつも早めに登校してるのを知っているだけに、なんだかソワソワしてきた。
アンケート用紙のことは二宮先生から伝わるだろうけど、櫻井がどのタイミングで俺のところに来るかはわからない。
マジか…
今日1日、ずっとソワソワしていないといけないのかな。
カタン…と音がするだけでビクッとする。
いつもは気にならないような音たちにも、敏感になる。
その度に櫻井のことが頭に浮かんでいた。
あ~っ…
会いたいな。
櫻井、早く来て。
そんなことを思いながら窓を閉めていると、
コンコン
とドアをノックする音がした。