第94章 愛と勇気とサクランボ
Sサイド
“たまたま目に留まっただけ”
なんて、そんなわけないでしょ。
そう言いたいけど、大野先生の背中は別の言葉を求めてるような気がして…
僕は出かかっていた言葉をのみ込んだ。
…はじめに僕の気を引こうと仕掛けてきたのは大野先生だったのに。
「やっぱり先生は…大野先生は意地悪だ」
居たたまれなくなった僕は、さっきまで消せずにいたホワイトボードの文字を消していった。
大野先生の名前だけ残すわけにもいかなくて、それも一緒に全て消した。
生徒会室には、キュッキュッと消している音と僕が鼻をすする音が響く。
あっという間にホワイトボードはまっさらになった。
大野先生はまだ背中を向けている。
なんだか悲しい気持ちになってきて、僕は生徒会室を後にした。
「あれ?櫻井?」
途中で二宮先生とすれ違ったけど、あまり顔を見られたくなくて会釈だけして通り過ぎた。
昇降口に着くと、クラスメイトの雅紀と潤が僕を待っていてくれた。
2人の姿を見たら、張りつめていたものが弾けるように、じわっと涙が出てきた。
「翔ちゃん、色々疲れちゃったね」
「翔さん、お疲れ様」
きっと何か察しているだろうけど、今はそのことには触れずにいてくれてるのが有りがたかった。
僕より背の高い2人が、頭をポンポン、背中をトントンしてくれている。
それがすごく暖かくって。
乱れていた気持ちが、ちょっとだけだけど落ち着きを取り戻してきた。
「雅紀も潤もありがとう。もう大丈夫だから…。そろそろ靴に履き替えてもいい?」
「靴?まだだったっけ?」
「気づかなかったよぉ」
顔を見合せた僕らは、思いっきり笑いあった。