第94章 愛と勇気とサクランボ
Oサイド
挨拶を交わした後、櫻井が再びホワイトボードに視線を移す。
俺も自然とそれを目にした。
「うわっ…すげえな」
ホワイトボードいっぱいに書かれた文字を見て“お疲れ様”のひとことだけでは申し訳ない気持ちになった。
「大変だったろ」
「うーん…大変でしたけどやりがいもあったし…。学生のうちにしかできない経験ができたなって思ってます」
「そっか」
「それに…先生も受付、頑張ってましたよね」
「えっ…?」
「僕、その時間は休憩だったから…そこのテーブルでお昼を食べながら窓の外を見てたんです」
櫻井の頬がほんのり染まっていく。
「へぇ…そうなんだ」
俺はそんな櫻井から逃れるように、窓際に向かった。
櫻井が座っていたという所から外を見てみる。
そこからよく見えたのは、文化祭の時に受付台を設置していた場所だった。
“頑張ってましたよね”って…。
胸がトクンとする。
俺は小さく1つ息を吐いた。
「受付だったとこ、ここからよく見えるじゃん。たまたま目に留まっただけだろ?」
櫻井に背を向けたまま、自分にも言い聞かせるように言葉を放った。
お願いだから…
“そうです、たまたまです”
って言ってくれ。
だけど。
ぐすっ…
ぐすっ…
鼻をすする音が聞こえてくる。
振り向きたいけど…
抱きしめたいけど…
俺は両手をぐっと握り、気持ちを押さえた。
「やっぱり先生は…大野先生は意地悪だ」
キュッキュッとホワイトボードから音がして。
その後は何も聞こえなくなった。