第16章 眠りのキミ
目の前にはスーツにキャップ姿の櫻井係長。
「大野はさ、どうして探してたの?」
「スーツにキャップ姿なんて、珍しいっていうか滅多に見ないから…どんな人なんだろうって気になったんです。」
「ははっ。そんなに珍しかった?」
「はい…しかも帽子の柄が迷彩柄なんて。」
「好きなんだよ、迷彩柄。俺さ、口開けて寝ちゃうからさぁ。キャップで顔を隠してただけ。」
「そうだったんですね。」
なんかスッキリした。
「そうかぁ…。大野は俺だとは気づいてなかったのかぁ…。」
「えっ…。どういう意味ですか?!
「えっとさ…、俺“櫻井翔”自身を追いかけてくれてたら嬉しいなって…。そうかぁ、気になってたのはキャップの人かぁ…。」
いつもは自信満々そうな櫻井係長が、残念そうに話す姿がなんとも可愛らしく思えた。
「ふふっ。係長ってなんか可愛いですね。」
「な、なに言ってるんだよ。…ってか、お前さ、さっき俺が言ったこと聞いてたか?」
「はい、聞いてましたよ。キャップの人じゃなくて、自分を探して欲しかったんですよね。」
櫻井係長は、みるみるうちに顔と耳まで真っ赤になってしまった。
スーツにキャップのあの人が櫻井係長だと知り、次の日から俺は1つ隣の列に並ぶことにした。
自分のポリシーを変えてまでそうすることにしたのは、やっぱりあの人を近くで見たいからで…。
ふふっ。また寝てるよ…。
スーツにキャップ。櫻井係長はこのスタンスは変えないらしい。
あれから俺たちは急接近した。
…とはいえ、会社帰りに食事に数回行った程度だけど。
櫻井係長は公私混同はしない…なんて、少し違っていたようだ。
「大野君、ちょっといいかな。」
声がかかりデスクに行くと、書類を手にここの意味は…なんて説明を求めているように見せかけて、ちゃっかりそれに添えたメモをペンでトントンしている。
いつもは“この部分の説明を添付しろ”って書類を突きつけるのに。
ペン先がトントンと発する音が、見て見てってアピールしているようで可愛い。
だから俺も『家で飲まない?』の横に『OK』と素早く書き込んだ。
何、その上目遣いのハニカミ…反則でしょ。
この可愛いさは無自覚なんだろうけど…。
そんな顔を女性社員たちが見たら、益々メロメロになるのは間違いないな。