第16章 眠りのキミ
「いてっ!」
トイレの入り口で誰かにぶつかってしまった。
「ははっ。大野じゃん。そんなに切羽詰まってるのか?」
「櫻井係長…。」
俺がぶつかってしまったのは、会社の上司だった。
「ぶつかってすみません。」
「俺で良かったけどさ。今度から気をつけないとな。」
「はい…。」
「ほら、いま個室空いてるぞ。」
「あ…ありがとうございます…。」
遅刻するなよ~なんて言いながら櫻井係長は行ってしまった。
あ、キャップの人はどこだ…
でもトイレにはそれらしき人はもういなかった。
「大野、間に合ったか?」
会社に着くと、櫻井係長が耳打ちしてきた。
「はい、大丈夫でした。」
トイレには用を足しに行ったわけではないけど、本当のことなんて言えないからそう答えた。
「それなら良かった。」
にっこりするそのカッコイイ表情に見とれてしまう。
櫻井係長は俺の5つ上。
ベビーフェイスのイケメンで、女性社員には高嶺の花的な存在。
キャーキャーと騒がれるのを嫌っていて、女性社員に接する態度は冷たく感じなくもないが、公私混同せずに仕事に取り組む姿勢が男性社員から慕われている。
もちろん、俺もその1人なんだけど。
翌日。
いつものように、あの人はキャップを被って爆睡していた。
今日はトイレに先回りしてみよう…これが昨夜一人で考えた作戦。
でも…何でこんなに歩くのが早いんだ!追い付きそうで追い付かないけど、キャップの人は思った通りトイレに入っていった。
昨日より距離が近いからチャンスだ!
トイレに着き、周りを見渡す。
そこには俺と…鏡の前で髪を直している櫻井係長しか見当たらなかった。
キョロキョロしていると、鏡越しに目があってしまった。
「あっ、大野。最近よく会うなぁ。どうした?誰か探してるの?」
俺は思いきって聞いてみることにした。
「あの…今ここに、スーツにキャップ姿の人が来ませんでしたか?」
キョトンとする櫻井係長。
「それってさぁ…。」
櫻井係長はビジネスバッグの中をゴソゴソし始め、キャップを取り出した。
「もしかして、こういう人かな?」
あっ…。
「そう…です。」