第93章 またこの場所で
Sサイド
「翔くん、行かないで…」
智くんの声は震えているけど、僕の腕を掴む手には力がこもっていた。
まるで僕を離すまいと必死なほどに。
僕は足を引っ込めドアノブから手を離し、カチャッと鍵をかけた。
智くんのほうを振り向くと、智くんがすかさず僕の体をギュウッと抱きしめた。
「しょ、く…す、き」
その囁きに、トクン…と胸が脈打つ。
僕の心はもう決まっていた。
こんな時に不謹慎なのかなっていう気持ちが頭の片隅にあって、一度はそれに従おうと思ったのも確かだ。
だけど、智くんが素直な気持ちを僕にぶつけてくれた。
だからこそ僕は…今この瞬間を大切にしたいと思う。
…おじいさん、いいよね。
「今まで言えなかったけど…僕も智くんのことが好き」
智くんに手を引かれながら、ベッドに並んで腰をかけた。
「じっちゃんに感謝しなきゃ、なのかな」
「うん…やっと勇気出せたから、ね」
そうは言ったものの、初めての状況に胸の鼓動が高鳴るばかりで、どうしたらいいのかわからない。
所存なさげに太腿を擦る僕の手を、智くんが優しく握った。
「翔くん」
僕を見つめる智くんの垂れがちな可愛い目はまだ少し赤い。
だけどさっきまでの沈んだ感じはなくて、光が宿ってきたように見える。
「翔くん。愛してもいいですか」
智くんの声は、もう震えてはいなかった。