第91章 初恋花火
目の前に現れたのは、やっぱり櫻井くんだった。
さっき聞こえた声は、空耳ではなかったんだ。
「こんばんは、大野くん」
「こん…ばん…は…」
祭りの会場どころか、その前に出くわすなんて。
あたふたしてしまった僕は、開いた口が塞がらない。
僕の胸はドキドキなんて可愛いもんじゃなくて…
ドッカンドッカンと弾けていた。
「どした―?」
「俺のグー、入るかもね」
「目と口開けたまま寝るんじゃないよ、ジジイ」
気づけばアイツらと、櫻井くんを誘っていた人たちも目の前にいた。
どうやらあの時、櫻井くんたちのグループと一緒に行くって話をしていたようで。
マジか…。
櫻井くんも一緒なんて思ってなかったから…めちゃめちゃ嬉しいんだけど。
露店にはしゃぐ友人たち。
僕はその少し後ろを歩く。
せっかくだから、櫻井くんの近くにいきたい気持ちはあるけど、チラッと見るのがやっと。
それだったら、後ろからの方が気兼ねなく見ることができる。
履きなれていない下駄での足どりは、櫻井くんの後ろ姿を眺めて歩くのにちょうどよく感じた。
「遅いよ~」
友人の声がしたけど、俺が履いてるのは靴じゃないし。
そんなことを思っていると、僕の前を団体さんが通りすぎた。
それはほんの数秒のことだったけれど、僕はみんなを見失ってしまった。
どうしよう。
下手に動かない方がいいよな。
僕は心の中で叫んだ。
おーい、みんな。
みんな…。
みんなぁ…。
櫻井くん。
櫻井くん…。
櫻井くぅん…。
ちょっと心細くなってきた時…
その場で立ち止まっている僕の元に、カッカッカッと下駄の音が聞こえてきた。