第91章 初恋花火
帰宅後、夏祭りのことを母ちゃんに話した。
「ちょうど良かったわ。今日、お隣さんからね…」
そう言いながら母ちゃんが持ってきたのは、男物の浴衣。
「お古っていってもまだ新しいのよ」
たしかに素敵な浴衣ではあるんだけど…。
「浴衣なんて着ていったらさ、友達に笑われないかな」
「そんなこと、気にしないでいいのよ。いいねって言ってくれる人は必ずいるから」
でもさ、母ちゃん。
一緒に行くの、母ちゃんもよく知ってるアイツらなんだけど。
残念ながら、そんなこと言ってくれる人なんか、ぜってぇいねぇし。
夏祭り当日は、僕はさんざん迷いながらも、浴衣を着ることにした。
母ちゃんがものすごーく着せたそうにしてたし、こんな時でもないと着る機会なんて滅多にないからで。
「うん。よく似合うわ」
母ちゃんの満足そうな顔を見て、コレってちょっとした親孝行かも?なんて思ったりした。
浴衣と一緒にもらった下駄を履いてはみたものの、慣れてないから歩きにくい。
3日もあったんだから練習すれば良かったかな、ってちょっと後悔。
予定していたよりも1本早い電車に乗ることにして正解だったなって思う。
ドア付近に立ちながら、つい気になるのは浴衣を着た同年代くらいの男子たち。
1人、2人…人数は少ないけど、同じように浴衣を着てるってだけで嬉しくなった。
アイツらは…まだ来てないか。
僕が待ち合わせ時間よりも早く来たんだから、それは仕方がないことで。
なるべく人の邪魔にならないよう、改札前の広場の端で待つことにした。
徐々に人通りが多くなり、ガヤガヤとし始める。
待ち合わせ時間までは、あと5分。
ちょうど電車が到着したのか、人の流れが一気に多くなった。
アイツらも、この中にいるのかな。
少し背伸びをしながらキョロキョロしていると
「大野くん」
教室でいつも集中しながら聞いている、櫻井くんの声がした。