第90章 My Angel
何か大きな荷物でも持ってるのかな…。
サンダルを履き、念のためドアスコープで見てみたけど、そんな様子でもない。
「いま開けますね」
ドアの向こうにいる櫻井さんに声をかける。
もしかしたら、今日が最後の夜になるかもしれない。
それなら、楽しく過ごしたい。
ロックに手をかけた僕は、よし!と気合いを入れた。
ガチャッとロックを外し、ドアを開ける。
ぼんやりと浮かぶシルエット。
少しずつ姿が見えてきたであろう櫻井さんに
「おかえりなさい」
って、とびっきりの笑顔と明るい声を作った。
「ただいま」
櫻井さんのやわらかな声が聞こえる。
ホッとするのとともに、包まれている体が温かいなって思って…
ん?包まれて…る?
「どうして泣いてるの?」
泣いてる?
僕が?
櫻井さんが僕を抱きしめながら頭を撫でてくれていることに気づき、胸が張り裂けそうになる。
「うぅっ…。そんなに、優しくしな、いでっ…」
言葉では拒絶しているのに、僕の腕は櫻井さんの背中に回っている。
離したくない、離れたくない。
それが僕の本当の気持ちだ。
「好きな人が泣いてるのに…」
櫻井さんの声が微かに聞こえる。
「こんなにぎゅってしがみつかれてるのに…」
あれ?
何だろう…
さっきまでと違って…
ちょっと嬉しくなってきてる。
「優しくしちゃダメなの?」
櫻井さんが僕の顔をのぞきこんだ。