第90章 My Angel
出先から戻った櫻井さんは、少し残業になるという。
先に職場を出た僕はスーパーに寄り、オムライスの材料を買った。
そういえば、何でオムライスなんだろう。
それに…
告白をした僕と一緒に、いつもと同じように食事をしようとしてくれるなんて。
はっ。
まさか…
最後の食事、なんてことは…ある?ない?
足取りが重く感じつつも、玄関前に到着した。
部屋に入るため、ビジネスバッグから鍵を取り出す。
5㎝の小さな奇跡…
これをもらった時、すごく嬉しかったな。
お揃いのストラップは、まだ買いに行けてないけど。
部屋の中での思い出が次々に浮かんでくる。
櫻井さん…。
目の奥がジワッと熱くなってきて、思い出を閉じ込めるように鍵をぎゅっと握りしめる。
手のひらにすっぽり収まるそれに、見えない重みを感じた。
何かしていないと沈んでいきそうな気持ちを切り替えたくて、僕はスーツから部屋着に着替え、オムライスの下ごしらえにとりかかった。
暫くするとスマホがブルブルッと震えた。
急いで手を洗いスマホの画面を見ると、櫻井さんからの着信だった。
「はい、大野です」
色んな思いが混じり、手も声も少し震える。
『あ、櫻井です。遅くなってごめんな』
「いえ、仕事だし大丈夫ですよ」
『今さ、大野は何かしてる?』
「えっと…オムライスの下ごしらえをしてました」
『えっ、下ごしらえしてくれてるの?うわぁ、ありがとう』
「いえ、そんなに手の込んだことはしてないし…」
『いやいや、本当にありがとね。それで…忙しいとこ悪いんだけどさ。玄関の鍵を開けてもらってもいいかな』
「いいですけど…今、ですか?」
『うん。今、お願い』
「わかりました」
僕はスマホの通話を切りながら、玄関に向かった。