第90章 My Angel
土曜日は大きめのボストンバッグ片手に、昼前に自宅を出た。
櫻井さんちに着く直前に連絡を入れると
“玄関の鍵開けてあるから、入ってきて”
って言っていた。
むふふふふ…
玄関の鍵、開けてあるんだってさ。
自分で中に入っていいんだってさ。
なんて、どうしようもなく気持ちが舞い上がってくる。
「こんにちは…」
挨拶をしながら玄関を開けると、目の前に櫻井さんの姿が見えた。
「あ、大野」
そして満面の笑みでこう言ったんだ。
「おかえり」
って。
ただでさえ僕は舞い上がっているというのに…
ずるいよな、この人は。
「た、ただいま」
翻弄されたとしても相手が櫻井さんだから、イヤな気持ちにはならない。
「うん、おかえり…って、荷物少なすぎじゃね?」
「そうですか?」
「そうだよ〜」
そんな会話をしながら、ごく自然に靴を脱いで中に入っていた。
リビングにつながり繋がるドアに近づくと、いい匂いがしてきた。
「櫻井さん」
「ん?」
「もしかして…蕎麦?」
「何だよ〜。ビックリさせようと思ったのに、先に気づかれちゃったかぁ」
ごめんなさい…って言おうとしたけど、いざテーブルを見たら半端ない量の蕎麦が用意してあって、僕は更にビックリしてしまった。
そんな僕の様子に気づいてなさそうな櫻井さんは、妙に嬉しそうに見える。
「お腹がすく頃かなって思って。大野が食べれる量でかまわないからさ。もし残っても後で食べればいいし」
「櫻井さんは?」
「もちろん一緒に食べるよ〜。部屋に荷物置いておいで」
「はい、ありがとうございます。置いたらすぐ戻ります」
…ちゃんと気遣ってくれてたんだって思うと、胸が暖かくなった。
それから櫻井さんと一緒に手を洗い、テーブルに着いた。
「いただきます」
なんか…いいな、こういうの。
「ゲホッ」
「ゴホッ」
一緒に住む初めての食事で、つゆが濃すぎて2人とも一口めでむせたのは…いい思い出になる、かも。